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地球人のためのスピリチュアル・レッスン オープンクラス 2017年1月29日(日)

「今に生きるとは?」誘導瞑想~ルパート・スパイラ

2016年2月10日  /  5コメント


「今ここ」に生きるとは?

guided-meditation「今ここ」に生きるという言葉と教えが出回るようになって、本質的な「今ここ」を取り戻して生きられるようになった人がいる一方、「今ここ」にさまよい始め、ますます混乱し、思考の中の「今ここ」に逃避行した人も多くいるのではないかと思います。「今ここ」に生きるということを、今この瞬間にやっていること、今この瞬間の感情にすり替えて、「今がOKなら問題なし」みたいな気になって、自分に暗示をかけていくパターンです。刹那的に「今がOKなら問題なし」にたどり着いてしまった「今ここ」人生は、実は思考はグルグルと回り続ける問題だらけの人生を創造してしまいます。

そこで今回は、「今」とは何なのか?「今に生きる」とはどういうことなのか、その感覚を掴み取れる気づきの体験となるのでは・・・と感じたルパート・スパイラの誘導瞑想を取り上げてみました。「今」は時間とは関係がないこと、同じ「今」でも、「時間的なこの瞬間の今」と「普遍的な今」があること、思考が「今」を捉えた時、それはすぐさま「時間としての今」になってしまうこと・・・など、もしあなたの「今」が迷子になっているとしたら、この誘導瞑想を通して、私たちの本質である「今」が蘇ってくるのではないかと思っています。

人生における現象がどんなものであれ、すべては「今」があるからこその体験です。「今」とは「普遍的な私たちそのもの」。そうか・・・「今」とは「愛」なんだ、と今、愛を感じています。

いつもありがとうございます。

with the NOW and the LOVE,
yukiko

「今」はたくさんあるのですか?

Pebble Stones and Flower in Tropical Garden

Pebble Stones and Flower in Tropical Garden

自分自身にこの質問を問いかけてみてください。「私の体験はいつ起こっているのか?」。答は「いつも今」です。朝目覚めた時「今」でした。朝食をとった時「今」でした。それぞれの部屋に戻った時「今」でした。この部屋に入ってきた時「今」でした。これを聞いているのも「今」です。

これらの「今」にはどんな違いがあるのでしょうか?今朝あなたは、いくつの「今」を体験したのでしょうか?たくさんの「今」があったのでしょうか?だとしたら、一つひとつの「今」はどのくらい続いているものでしょうか?深く考えないでください。あなたの経験は「今」起こっています。つまり「今」だけが直接体験できる確かなものです。「今」というのはどのくらい続くものでしょうか?私たちが朝食をとった時の「今」は、今この瞬間の「今」とは違うものなのでしょうか?

もし違うのならその違いは何なのでしょうか?いつ、朝食を取っていた時の「今」は終わったのでしょうか?そして、この「今」はいつ始まったのでしょうか?もし、それらに違いがないのだとしたら、8時に朝食をとった時の「今」と、9時の時の「今」と、10時の時の「今」と、今この瞬間の「今」は、同じ「今」でなければなりません。

「今」は時間とは関係がない

つまり、「今」というのは「ある時間」というように分けることが出来ないのです。言い換えれば「今」には制限がないということです。「今」には時間的な継続がないのです。「今」とは時間的な「この瞬間」のことではありません。この「今」はこれしかない「今」なのです。制限もなく、終わりもありません。「始まって終わる」ものでもありません。この「今」はどこからともなくやって来るものではありません。何億年も前の過去から、ゆっくりゆっくりと、この瞬間のこの時にやってきたものではありません。この「今」は、今までもこれしかなかった「今」であり、、どこからかやってきてどこかに行くようなものではありません。時間の流れに乗って、終わりのない未来に向かって動いていくようなものではないのです。「今」は動きません。

思考には「今」を考えることが出来ません。思考というのは「対象物」があるものしか知ることが出来ないからです。「今」には、制限がつきものである対象物としての要素がないのです。ですから、「今」のことを考えることは出来ないのです。思考が「今」のことを考え始めると、途端に「時間」のことになってしまいます。

すべては「今」起こっている

Butterflyたとえば、本屋さんで小説を買うとします。小説の一部始終は現存しています。しかし、マインドは一度に小説すべてを読むことは出来ません。思考が小説を読むためには時間が必要です。しかし、小説そのもの、小説のすべては、常に今現存しています。これは小説側の制限ではなく、思考が持つ制限によるものです。その制限のために、小説すべてを瞬時に捉えることはできないのです。それと同じで、私たちの体験すべては「今」起こっています。私たちが今まで体験してきたすべてのことは、この瞬間の「今」に起こっているのです。その「今」はひとつしかありません。過去に起こったことは何もなく、未来に起こることも何もないのです。

by Rupert Spira


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5コメント

  1. 鈴木心愛 より:

    初めまして!*\(^o^)/*
    YouTubeから、流れ着きました!^_^;

    『On the Line』マイケルジャクソン
    このサイトで知って
    すぐ、iTunes で買いました。(^O^)/
    素敵な曲です!
    ありがとうございます!

    【宇宙の状態:ちょうどいい!】

    いつも、ちょうどいい!
    でも、変化する。
    自分が選んだ道(パラレルワールド)へ
    私は、皆さんとの道を選びます。

    世界中の人が
    笑顔で
    ワクワクしている世界を!*\(^o^)/*

    これからも
    宜しくお願い致します!m(_ _)m

  2. さむ より:

    YUKIKOさん今日は。

    この記事は僕にとって、とてもタイムリーです。Nowだけに。
    (違うか。笑)

    「今ここ」のことなど何の知識も無い僕ですが、先日某大御所のブログに「今しかない、ってのも幻想だ」などと大層な書き込みをしてきたばかりです。

    その時は上記を含め7つか8つの論点を書き込んだのですが、「今しかない、も幻想だ」という部分に対するレスは0件でした。

    え?何故に0件?と思ったのですが、皆、今ここを信奉する割にそれに対して関心が薄いという結果は興味深い感じがしました。

    (もしくは、そのやり取りに参加された人たちが思考によってしか今ここを理解していなかったか。)

    その事と併せ、今回の記事を読み生まれた考察ですが、

    要するに、「時間的思考に何ら制約されていない、という気付きの状態」を言い表すのに、キャッチフレーズ的に「Now」と言ってると思うのですが、

    それは言うなれば、気付きの状態を意識させるための「掴み」であって、せっかくの気付いている状態から離れてまで「今ここ」を唱えるのは本末転倒だという話だろうと思います。

    しかも気付きの状態を知覚しない人まで「今しかないんだ」、と日常生活の事あるごとに唱えているとなると、もはや思考の範疇を超えて新興宗教の域にある気がします。

    それは、ある種のカリスマ性を持った人が何かしらのツールやオモチャ(精神世界における概念)を手にすることの怖い部分かもしれません。

    その意味で今回のYUKIKOさんの記事は、僕にとってタイムリーでしたし、素敵な提言のように思えました。

    (スタイラ氏も結構「今」について聴衆に思考させ過ぎな感じはしましたが。笑)

    いつも素晴らしいシェアをありがとうございます。(u_u*) 感謝

  3. さむ より:

    すみません(>ω<。)

    ×スタイラ氏
    ○スパイラ氏

  4. hitoshi より:

    NOW 今の理解を示してくれる動画はなかなかなかったので目からウロコです。思考は時間軸でしか今を理解出来ない、そう理解しようとする…小説のくだりも見事な表現だと思います。今私に降りてきた感覚はまるで自分が主役の映画のDVDのようです、DVDは既に完成された絶対的な今…ひとつです、ストーリーを見て感じてエンドロールに達するまでは、時間軸で見て一喜一憂する、ストーリーや登場人物はも出来上がっているので変えることはできないが、意識を上げる事によって感じ方は変えていくことが出きる、感じ方を変えることで、幸福感がない…が…全てある、幸福で満たされている…に感じるこでなのでしょう。

  5. yukiko より:

    心愛さん、こんにちは!

    YouTubeから流れ着いたんですね。ありがとうございます!
    時々好きな音楽の歌詞の日本語訳も、いつも自己流解釈ですが楽しんでいます。

    【宇宙の状態:ちょうどいい!】
    ちょうどいい、そして笑顔が一番です!

    これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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