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エックハルト・トール~『反応し合うのはエゴの関係性』

2013年7月19日  /  8コメント


『反応し合っているのはエゴ意識だということに気づいていない者同士関係性』から『反応しているのはエゴ意識だと知っている者同士の目覚めた関係性』へ

【エゴ意識の関係性】

私たちが人生と呼んでいるもの、体験していることは、すべて「関係性」の上に成り立っていますが、中でも人間関係、特に親密な関係性において出てくる過剰な反応(エックハルトの言うペインボディ)は「関係性」の見せてくれる最もわかりやすいエゴから生まれた現象と言えます。反応し合っているのはお互いのエゴ意識なのに、それがわからないでいるとその関係性は遅かれ早かれ崩壊するしか道はありません。

しかし、意識のシフト、アウェイクニング(目覚め)と同時に、現実的な毎日の生活において明らかに変わってくるのがこの関係性のあり方です。反応しているのはエゴ意識なのだと分かり合っている者同士がパートナーシップを組んで、真に創造的な人生をクリエイトしていくことになるのです。

通常、人間関係と言われているものは、言葉を変えて言うとペインボディを挑発し合う相互反応関係で、特に親密な関係性(ソウルメイト)になればなるほど、よりお互いのペインボディがトリガーされ(引き出され)、手放す過程にあるネガティブな信念や感情が浮上しやすくなっています。けれども、同時にこれは「気づきのチャンス」「目覚めのチャンス」でもあります!

【反応のからくりに気づいている関係性】

しかし私たちは、“エゴ意識”の習性、エゴという生き物の性質を知ることによって、相手に反応していた反応のからくりに気づき始めることになります。

自分の内面で起きた反応に対して、それを相手にぶつけていくのではなく、自分自身の解放のチャンス、また、ものごとをありのままに受け入れるプラクティスとしていくのです。

反応が教えてくれるものは、自分の抱いている強い思い込み、決めつけ、信念体系です。これは相手に対してだけでなく、自分自身にも課しているものです。これは「今」に対する抵抗、「あるがままの状態」に対する抵抗です。

このエゴ的反応を観察し、この反応のからくりに気づいていけば、エックハルトの言うように「お話にならない馬鹿げた争いのドラマ」は終焉を迎えることになるのです。Nothing reacts Nothing. 無が無に反応している無意味さ愚かさに気がつけば、かなりの意識のシフトが起こるはずです。幻想の人間関係から脱出するのです。

これが関係性のシフト、目覚めた人間関係の始まりです。つまり、無意識の相互反応関係から一歩外に出て、意識的に自己反応を観察することへの移行です。トリガーしてくれた相手(反応させてくれた相手)に対しては自己浄化を促してくれたことに『感謝在るのみ』。こうして、お互いに完全なる自分に戻るために存在し合う関係性になっていく~ということです。

スゴイことです!(笑

 

【エックハルト・トール:反応しあうのはエゴの関係性】

つまり、彼らはあなたの反応に対して反応しているのです。そのようにあなた方は、反応の連鎖作用を繰り返しているのです。それが、ドラマが作られ展開されている仕組みです。それが絶対の真実であると受け止められているのです。エゴ的なあなたは、自分が全ストーリーを創造しているのだということに気づいていないのです。

ここで体験していることは、あなた自身の状態が返ってきているだけなのです。外の世界の状態となってあなたに返ってきているのです。それは、その出来事に対する最初の解釈がやっぱり正しかったのだということを力強く証明する形で返ってくるのです。あなたには”彼は最初から私を騙そうとしていた。そこで私が立ち向かったので彼は怒った。でもそれは私が正しかったからだ”と映るのです。

もしあなたが誰かのエゴ的存在と言い争おうと頑張った経験があるとしたら、それが無駄な努力だとわかるはずです。それは無理なことだからです。あなたはエゴを納得させることはできないのです。それは無理なのです。そのエゴを強めることならできますが・・・

エゴと言い争うことは、結局のところまったくおかしなことなのです。お話にならない馬鹿らしいことなのです。エゴの立場からすると、常に自分が勝つことになっているのです。エゴはあなたを引きずり込んで、エゴと言い合いを始め時点で、すでにあなたは自分の思考のパターンの罠にハマっているのです。

そこで、カルマということですが、カルマということから見ると、通常、あなたに起こってくることがカルマだと言われていますがその起こったことに対してどのようにあなたが反応するか、それがカルマです。その反応がその状態を永続させているからです。あなたの反応があなたの人生としてあなたが体験するものを創造し、さらにそれがあなたに対する他の人の反応を創造しているのです。ですから、あなた方がどう体験するかは相互反応関係にあるのです。驚くべきことです。

私は本当によくエゴ的な反応のくだらなさを見ます。何も無いことが何も無いことに(無が無に)反応しているのです。そして、それを大きく大きくふくらませ、終日そのことを話しているのです。最後の最後には、自分だけが正しいというところに落ち着くまでやり続けるのです。出来過ぎた仕組みです。

by Eckhart Tolle


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8コメント

  1. Sachi より:

    ありがとうございます。
    これほどのことを、無償で拝見させていただけることに、感謝申し上げます。
    薄々と感じていたことに、そうだよ。と後押ししてもらえる記事に出会えます。
    曲の日本語訳も、独自で、とてもすんなりと入ってきます。
    同じ長野県、北と南で距離はありますが、嬉しく思いました。
    さらなるご活躍と祝福を、陰ながら応援させていただきます。

  2. yukiko より:

    Sachiさん、こんにちは!
    温かく穏やかなお気持ちを聞かせて頂き
    私からも感謝申し上げます。
    南信は、例年になく暖冬で雪も少なく
    日中はもう春がそこまで来ているような暖かさです。
    今日はフキノトウを摘みに行ってきました!
    自然界の恵みに感謝☆です。

    これからもどうぞよろしくお願いいたします。

  3. 通りすがり より:

    エゴを排除しようとしても苦労するだけでした
    逆効果?でしょうか、反発で出てくる無意識の衝動、思考、が増加しました

    自分を苦しめ、悩ませ、希望になり、あるときは楽しみの一部になったエゴ
    ここに書く事もエゴでありますね

    「それでもエゴは正しかった」
    「自分のエゴが正しかったからこそ、他人のエゴも正しかった」
    エゴも受容してあげなければ反発するのかもしれません

    世は正にスマホ全盛、電車の中でスマホに没頭する人々の
    あの光景は、無意識の思考エゴから離れる世界を目指す真逆の姿で、
    恐怖すら感じます。
    昔よりも切れやすい人が増えたのも、ネットの発展と共という感じでしょうか。

    ありがとうございます

  4. 通りすがり より:

    考えてみれば
    無意識の思考エゴ溢れるこの世界、
    生活の欲求すべてが、エゴであると言っても過言ではないと思います。

    ニューアースでは、情熱の大切さを著者は巻末のほうで説明してますが、
    なかなかエゴなしの情熱だけの行動にたどり着くというのは、
    自分のような凡人以下には至難の業と思われます。

    できるだけ思考を離れるためには心の静寂の障害となる
    TVラジオ、新聞、ネット等の騒音はできるだけ避け
    週に1時間程度にとどめたりも必要ではないでしょうか。

    くだらない意見ですが、ここは無常の
    そうかもしれないし、そうでないかもしれない、というところでしょうか・・。

    ありがとうございます

  5. EGO1 より:

    何度も投稿申し訳ないです、通りすがりのHNで何度か投稿させて頂きました。
    以下の点がどうしても解決できないのでこちらに再度質問投稿をお願いしたいです。

    ”ニューアース”を書いたのはエックハルトトール氏の”エゴ”でしょうか?

    ”神との対話”を書いたのはニールドナルド氏の”エゴ”でしょうか?

    ハイヤーセルフとは、自分の中の”別エゴ”になるのでしょうか?

    本来の気づきの意識領域は判断しないでただ”在る”だけのはずですから、
    本を書いたり、意見は述べませんよね?

    結局肉体を持った存在としては、エゴの中から抜け出ることは不可能で、
    低俗なエゴを高次のエゴになるように頑張るだけ?ということになるのですが、
    いかがでしょうか?

    この文章、掲載しなくても構いません。
    管理者様のご判断にお任せします。
    結構掲示板汚しのような投稿をしてしまっているので申し訳ないです。

  6. ecoeco より:

    YUKIKOさん こんにちは。

    いつも拝見させていただいています。
    悩んだときに「これでいいんだな。」と思えるヒントに出逢え何度も励まされました。
    ありがとうございます。

    上記にある「本を書いたり、意見を述べることはエゴなのか」について私なりに感じたことを書かせていただいてもいいでしょうか。

    本を書くこと、意見を述べることはエゴ的な部分なのでは。。と疑問に思うこと。それはエゴ同士が反応していることなのではと思います。

    エックハルトトール氏やニールドナルド氏のエゴがハイヤーセルフからのメッセージや意識の気付きを楽しんでいるのかも。。

    だとすると本を書いたり、意見を述べたりするのはエゴ的な部分なのかな。。と。

    別にエゴから抜け出なくてもいいのではと私は思います。

    どんなエゴも見つめてあげる。
    それが大切なことなのだと思っています。

    が、YUKIKOさん、いかがでしょうか?

  7. EGO2 より:

    エゴはいけないって思えば、エゴとの格闘になってエゴは強化されるし

    虫歯はいけないって、歯磨きすることが虫歯との格闘になって、虫歯を引き寄せるし

    世の中変だ、とスピリチュアリズムや禅を実践すると、変な世の中を格闘して
    引き寄せてしまうし・・・・。

    不戦、格闘しない、があるがまま(ないがまま)になるということですかね
    何かENDLESSを感じてしまいます。

  8. EGO1 より:

    24時間、常に寝ていても起きていても、
    私は何かを創造して引き寄せているという実感がわきました。

    共時性により、次に何が引き寄せられて現実として現れてくるのか、注意と
    感謝の気持ちを忘れずに、と思います。

    自分の発した振動にあわせて自分に帰ってくるということなのですね。
    エゴの振動で発するもの、気づきの意識で発するもの、すべては私の創造ですね。

    自分はなんとすばらしい世界にいるのか、そんな心境になりました。

    ありがとうございました

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