「悟って得られるもの、あなたは知りたいですか?」 ラメッシ・バルセカール

スピリチュアルな探求の末の最終的理解

先日の「ニサルガダッタ・マハラジを語るラメッシ・バルセカール」からの流れで、引き続きラメッシ・バルセカールを取り上げることになりました。

ラメッシ・バルセカールはインド銀行の頭取を退職した後に、ニサルガダッタ・マハラジの通訳を数年間務め、人生の晩年60代から92歳で今世の肉体精神機構を去るまでの間、独特の非二元観を、特に西洋人に対して質疑応答の形でセッションを行ってきました。

今回のセッションは、ラメッシ・バルセカールが90代に入ってからのもので、タイトルにもあるように、幸福とスピリチュアルな探求の末に得た最終的理解が語られています。

ラメッシ・バルセカールは、ニサルガダッタ・マハラジやラマナ・マハリシに従事して覚醒を得ながらも、いくつかの文献や動画を見てみると、両グルたちの教えを全面的に肯定しているわけではなく、ラメッシ独自のユニークな切り口で(賛否両論あるようなのですが)新非二元論を打ち出しています。

さまざまなスピリチュアル・ティーチャーたちの出現とその教えを見ていると、真理の教えとはいえ、それは時代と共に、発信する側も受け取る側も変わりつつある中で、全体性の中でその時必要とされるものへと調和されていくように思います。

コインの表裏、矛盾を免れないこの世の仕組みの中で、それが全体性のプロセスであり、起こっていることなのでしょう。全面的受容です。

ラメッシ・バルセカールの晩年の結論、幸福も探求も「他者との調和した関係性にある」、つまり「自己との調和した関係性」がコアにあるのです。

いつもありがとうございます。
with VastStillness
yukiko hirayama

「悟ったら何を得るのか、知りたいですか?」ラメッシ・バルセカール

私は「悟った、悟りが起こった」と公言しています。ですから彼に「悟ったら何を得るのか知りたいですか?」と聞いたのです。彼は「もちろん、知りたいです!」と答えました。

そこで私は答えました。

まず、あなたは相も変わらず不完全な人間のままだということです。

あなたの肉体とマインドは今までと同じように機能します。あなたの体が病んでいれば、それはそのまま続くでしょう。肉体とマインドという機能は、遺伝子と環境に深く組み込まれているからです。

もし、あなたが怒りやすければ、それもそのまま続くでしょう。あなたの痛みがなくなることもないし、あなたの喜びが増えることもありません。なぜなら、それらはあなたの運命によって、あらかじめ決まっているからです。

あなたは今までと同じような過ちを繰り返すことでしょう。あなたが悟ったからといって、なにか特別なパワーが出て同時に三ヶ所に現れたりできるようになるわけではありません。私はこれを言い続けているのです。

私はこれではない、私はあれではない、それで私は何を得るのか?「それでも私は悟りを得たいのです」と彼は言います。「あなたは悟って何を得られるのか知りたいのですね?」-「はい、教えてください」

あなたが得られるものは、心の平安、ただそれだけです」と私は答えました。至福ではありません。心の平安だけです。

そこでまた私は尋ねました。「私が言わんとしている『心の平安』とは何か、それがわかりますか?」繰り返すようですが、私はそこを通ってきているからそういうのです。それだから私は「私が望んでいるのは心の平安なのだ」という結論に至ったのです。

「心の平安」とはいったい何か?

そこで私は自問しました。「『心の平安』とは何か?『心の平安』とは一体何なのか?いつ私は『心の平安」』がわかるのか?」

今私は、あなたの質問に簡単に答えていますが、私がここに至るまでには長い時間がかかりました。途中、たくさんの答えがやってきましたが、私は受け入れることができませんでした。

しかし、「心の平安」とは何かに対する答えとして私が受け入れることのできた唯一の答えは、何度もいいますが、それはあなたがどこかで探し出せるものではなく、これは私の経験によるものです。

私の経験によると「心の平安」とはとてもシンプルなことです。何か外の出来事が私を不快にする。頭痛が私を不快にする。他の人が私を不快にする。しかし「心の平安」とは「私は決して自分自身に対して不快になることはない」ということです。他者に対して不快になることもありません。そのくらいシンプルなことです。そうなると、妙なくらい自分自身と心地よくいられることしか興味がなくなります。

私は2つの質問を常に持ち続けていました。誰もそれに答えてくれませんでした。

ひとつは「悟りとは何か?」もうひとつの質問はもっと大切です、「悟った後に、今まで自分が得たのことのない何を私は得られるのか?」ということです。

私は常に価値あることを言い続けているのです。「悟りは、私の残りの人生に対して、今まで得たことのない何を私にもたらしてくれるのか?」その答えとして自分が見出したのは「心の平安」だったのです。

私は、今まで一度も自分自身を不快に思ったことはありません。仏陀は唯一、私のこの2つの質問に答えを与えてくれた方です。

「悟りとは何か?」仏陀は「悟りとは全面的受容である」と言いました。

出来事が起こります。ことが成されました。結果が起こります。しかし、個人がしていることは何もないのです。私は自らの探求の末この結論に至ったのです。それは「私の人生に対する態度」それが私の得た答えです。

人生に対する態度=他者に対する私の態度

そこで私はまた自問しました。「『私の人生に対する態度』とは何を意味するのか?」「私の人生に対する態度とは?」

その答えとして私が得たのは、朝から晩までの「他者に対する私の態度」でした。

一日中、私は他者に対してどう振舞うか?どういう態度を示すか?ということです。他者というのは、両親、妻子供達、近隣の人々、ビジネスで関わる人々、あるいは、見知らぬ人たちです。ですから、他者というのは広範囲を意味するのです。私にとって近しい人々から見知らぬ人々まで・・・全部です。

ですから私は、幸福とは、探求とは、他者との調和した関係性のことである、という結論に至ったのです。

by ラメッシ・バルセカール The Final Understanding(究極の理解)より

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