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地球人のためのスピリチュアル・レッスン オープンクラス 2017年9月23日(土)

『好きなことをして生きていく生き方』に潜む5つの落とし穴

2015年1月18日  /  23コメント


「安定した新しい生き方」を追い求める現代

Dolphin-Jumping-HD-Wallpaper1私たちはここ数十年間で世界や社会のコントロールドラマに気づき始め、同時に自分たちの存在意義、生活・生き方そのものを見直して新しい何かを発見しようと頑張ってきています。その新しい何かは今までにないもので、それでも確かなこととしてわかってきたことは、私たちの人生のシナリオの中にゆっくりにせよ確実に宇宙的霊的な要素と体験が色濃くなり始め、それが今までとは違った世界観・宇宙観をもたらしているということだと思います。そしてこの「意識のルネッサンス」が、数十年あるいは数百年の歳月をかけてゆるやかに開花していくものだとすると、私たちはその先駆け的な位置に置かれて生きているということもわかってきたのです。

移行期というのはいつの時代でも不安定なものです。そんな環境下に置かれた私たちですから「安定した新しい生き方」「少しでも自由を可能にしてくれる自分らしい生き方」を模索し追い求めるのは当然のことだと思います。社会や組織に主導権を握られた生き方、紋切り型の生き方ではなく、もっと自分らしく好きなように生きたい、どんな生き方でもいい、自分が好きなことをして生きていきたい!と願って当たり前なのです。ところが、まだまだ支配的な「恐れ」ベースの集団意識が強い社会というバックグラウンドは健全ですから、ちょっとした意識の乱れと思考の不器用さゆえに、すぐさま古い概念、時には新しい概念に捕らわれ、いつの間にかまたその縛りの中で苦しみだし、結局は出口のない迷路にはまり込んで「何が何だかわからなくなる」ということが往々にして起こってしまうわけです。

「好きなことして生きていく」という魅惑的な概念

そんな中最近よく話題にのぼり、相談ごとにも多くなってきたコンセプトが「好きなことをして生きていく生き方」というものです。「好きなことをして」生きていきたいと思った人たちが、色々な教えやメソッドを試している中で迷子になっているのが目立ってきているのです。かなりの人達が、今までずっと自分を犠牲にして生きてきた、自分を大切にしてこなかった、好きなことをするなんて無理だと諦めてきた・・・などと不自由だった自分に気づき始めたのはいいのですが、その気づきの反動で、胆略的な考えで「好きなことをして」生きていくという概念に飛びつき困惑しているのです。

「好きなことをして」生きてくというフレーズは魅惑的で、しかも手の届く範囲で可能であるかのような錯覚を与えてくれるものです。実際、これまでの社会常識的な生き方に不適合な人たちも急増している中で、人生の方向性を「好きなこと」重視に切り替えていこうとすることは社会のニーズに合っているコンセプトであり、この考え方が一種の社会現象になってきても不思議はないのかもしれません。

4951471164_5f69b9408a_b誰の周りにも今までとは違った生き方を選択し、楽に自由に輝いて生きているように見える人が何人かはいます。そんな姿を見せられて「私も好きなことを探さないと・・・」「好きなことをして生きる仲間入りをしなくては・・・」と駆り立てられるようになっていくのはとてもわかり易い話です。あの人のように(あの人は至って普通の人だし・・・)私も「好きなことをして」生きていけたら、もう何にも捕らわれることなく、コン トロールされることもなく、楽に自由に生きられると思い込み、いとも簡単に「好きなことをして」「好きな人だけに」囲まれて生き、「好きな」仕事をして、 「好きな」場所に住んで、「好きな」人達と繋がって、さらには豊かにお金も流れるように入ってきたら、それで私も成功者の仲間入りができる!と「好きなこと」で 固めた架空のサクセスストーリーを作り上げてしまうのです。

ところが、このようなコンセプトで人生のシナリオを変更しようと試みている人たちが「なにかおかしい」と行き詰まりを見せていることは、カウンセリング・セッションを通しても明らかです。そして今後はさらに「思ったように上手くいかない」「なにがおかしいんだろう」と疑問を抱く人が急増するのではと危惧しています。「好きなこと」だけでなく「ワクワク」「いい感じ」「トキメキ」「ポジティブ」・・・などのような言葉をたくさん使って人生のモチベーションとしている場合も同様です。「何が間違っているのだろうか?」「何かまだ秘密があるのでは?」と追いかけ続けるパターンを繰り返してしまうのです。

「好きなことをして」生きることが間違っていると言っているのではありません。「好きなことをして」生きている人はたくさんいます。「好きなことをして」生きることは素晴らしいことです。ただ、この「好きなことをして」生きていくことをモチベーションにして生きようとした時に、簡単に陥ってしまう落とし穴があるということ、実際かなりの人が落っこちてしまっているので、この辺で警鐘を鳴らしておきたいと思い整理してみました。また、その落とし穴にハマった時の「モヤモヤ感」を払拭してくれる一瞬の気づきも書いておきます。落とし穴からの脱出の助けになればと思います。

 「好きなことして」生きていこうとするときにハマる5つの落とし穴

落とし穴1: 「自分の好きなことは何なのだろう、何をしたら自分はハッピーなのだろう」と永遠と探し続ける「自分探しの穴」

これは、99.99%の人が一度は落ちてしまう落とし穴です。自己否定を習慣化し続けてしまった場合「好きなこと」はまったくわからなくなっている場合もあり、そうでなくとも「好きなことをする」ことに対する罪悪感が強かったり、人から認められるためのニセ好きなことに走ってしまう場合があります。頭で考えついた「好きなこと」は、遅かれ早かれ「これは本当に好きなことなのだろうか」という疑問にぶち当たります。

落とし穴2: 「好きなことをして楽に、楽しく、しかもお金も稼いでいる」そんな人ばかりが目につくようになり、そうなれていない自分に劣等感を抱き続ける「ダメな自分という穴」

この落とし穴は、「優劣」「勝敗」などに敏感で、すぐに何でも比較したがる人が落ちてしまう落とし穴です。優越感の強い人が陥る劣等感、劣等感の強い人はさらに自虐的な自己無価値観にハマり込んでしまう重症患者を作ってしまいます。

落とし穴3: 「好きなことだけして生きる」という概念を追いかけすぎて、返って「嫌なこと」に囲まれて生きている自分がクローズアップされる「嫌なことばかりの穴」

「好きなこと」を追いかければ、当然の事ながら「嫌なこと」は鮮明化されてきます。「なぜ自分は嫌な人、嫌な仕事、嫌な環境から脱出出来ないんだろうか?」と常に「嫌なこと」に悩まされ続けます。「嫌な人」だから離婚、「嫌な仕事」だから退職・・・「嫌な」悪循環に生きることになります。

落とし穴4: 「好きなことだけして」生きられるようになれば、何も問題のない人生になるという安楽的な空想から離れられない「現実逃避の穴」

問題だらけの人生は「好きなことだけして」生きられるようになった時、全部解決すると思い込む勘違いの落とし穴。好きなことをして生きるようになると、お金も滝のように流れこみ、またそうなれば、ダメな自分ではなくなるし、みんなにも「自分の生き方」が正しいことを示すことができると錯覚しているため、結果として「好きなこと」とは程遠い「問題だらけ」の永久的イリュージョンの毎日を送ることになってしまいます。

落とし穴5: 「嫌なこと、嫌な出来事、嫌な人、調子の悪さ、ネガティブな感情に陥ること」を否定的に捉え、現状を偽ってしまう「偽りの穴」

実際、好きなことをして生きているように思えるようになったとしても、誰にだって「嫌なこと、嫌な出来事、嫌な人、調子の悪い時、ネガティブな感情に陥ること」はあります。ところが「好きなことをして生きている私」がそんな状態じゃまずい、といった変なプライドにとらわれ、自分に対しても人に対しても、できればそこは隠し通したいと装ってしまう現状偽りの穴に落ちてしまうことがあります。

※以上、各自自分の陥りやすい落とし穴、あるいはどっぷりはまっている落とし穴をチェックしてください。

追いかける人生から「真っただ中を味わい尽くす」人生へ

n-SPIRITUALITY-large570それでは、どうしたらその落とし穴から抜け出せるのか、どうしたらその落とし穴に入っている時の「モヤモヤ感」を払拭できるのかについてお話してみようと思います。実は”どうしたら”の部分は自分で体験して自力でやるしか道はないのですが、ここでは一瞬の気づきで落とし穴から脱出することは可能だということをメッセージしておきたいと思います。

「好きなことして」生きられれば「持続的な充足感」が保証されるというイリュージョンに目覚める

私たちはこの「意識のルネッサンス」のど真ん中にいて、今までとはなにか違う、もっと全身全霊で力が湧いてくるような生き方を求め始めています。だから、集団意識的に「好きなことして」生きられるようになれば「しっくりとした充足感、安定感、幸福感」を得られ、それが可能になるというシナリオが魅惑的に映るのです。ただ、それが現実化するには、まだまだ邪魔もの、障害物らしきもの(信念、思い込みも含む)が多く、なかなか一気には進ませてくれません。湧き上がった直感的インスピレーションも、一瞬にして思考による否定、集合意識の概念によるストップがかかってしまうことがよくあるからです。

「好きなことして」生きていいのです。ただ、この物質世界においては、何をやったとしても、どんなに好きなことをしたとしても「これしかない!」「これだけしていれば最高だ!」という永続的な対象となるものはなく、「好きなことして」生きられれば持続的な充足感が保証されるということではないということを知っておくことがとても大切なのです。そうでないと、また何かしらの落とし穴に入り込んでしまうのは目に見えています。

「好きなこと」を追いかけないで「真っただ中」を味わい尽くしてみる

Rainbow-Child人生は思考の考える「好きなこと」「嫌いなこと」を超越した、頭で理解することの出来ない神秘的な出会いや出来事を常に用意してくれています。たとえ「好きなことをして」生きていないように思えても、あるいは「好きなこと」がコロコロ変わってしまっても、自分をダメだと思う必要もなければ劣等感を感じることもない、また人生の失敗者でもないと知ることです。頭の中で「好きなことは何なんだろう」「ワクワクすることってなんなんだろう」という質問が出てきたら、これは落とし穴に入ってしまったサインです。今この瞬間に立ち返り、やり残していること、見て見ぬ振りをしてきたこと(お掃除でも支払いでも何でもOK)を淡々と取り組んでエネルギーフィールドの調整をして見てください。これは思考を追いかけるのを止めるための簡単な方法です。

とにかく、私たちは追いかけっこが大好きなのです。子どもたちを見れば一目瞭然です。追いかけっこは、人をハイにするし、ドキドキするし、ワクワクするものなのです。大人になった私たちは「思考の追いかけっこ」に夢中になってしまうのです。その中の一つが「好きなこと」を追いかけることなのです。でも、「好き」とか「嫌い」とかいう上辺の判断をする以前に、すでに私たちには常にこの瞬間に「やるべきこと」「豊かさ」が用意されているのです。また「何をしたら心地良いか、清々しいか、喜びとなるのか」私たちのハートはすでに知っているのです。この瞬間にすべてがあることを知っているのです。それに「嫌いなこと」「嫌なもの」のように見える物事の中に、より自由に生きるためのプレゼントが隠されていることは、多くの人が体験済みでわかっていることなのです。

「好きなことをして」生きていいんです。でも「好きなこと」を追いかけないで、今この瞬間の真っただ中に用意されているものを味わい尽くすことを忘れないでほしいと思うのです。そこを見逃していたら、それは本末転倒だからなのです。今持っているものを完全に活かして見事に使って見るのです。今与えられている状況で、出来る限りのことをやってみるのです。すると次の瞬間にも必ず、思いも寄らないプレゼント、豊かさが用意されていることがわかってくるのです。そうしたら「好きなこと」という言葉では表すことの出来ない、陽だまりに包まれているような、守られているような今が輝きだし、好きとか嫌いとかはどうでもいい「今」を生きるようになるのです。ただ夢中になって遊んでいる子どものように生きればいいことになるのです。

 


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23コメント

  1. mitsuko より:

    yukikoさん☆すっごくタイムリーなメッセージでした!心からありがとうこざいます!

  2. fu~ko より:

    yukikoさん^^

    世の中の風潮に惑わされない救いのメッセージですね。

    いつも的を得ていて何があっても良いとは言え必要なことだと感じています。

    これからも楽しみ! ありがとうございます。

  3. yukiko より:

    MITSUKOさん、こんにちは☆
    お久しぶりです。

    今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
    いつもありがとうございます。

    感謝

  4. yukiko より:

    FU-KOさん、初めまして、こんにちは☆

    コメントありがとうございます。

    大いなる知恵、偉大な賢者の教えも、捉え方によってはまた分離感を創ってしまいます。ハートセンサーのちょっとした違和感にいつでもアラートで生きたいと思います。

    これからもどうぞよろしくお願いいたします。
    ありがとうございます☆

  5. Asasuko より:

    ナイス記事!

  6. yukiko より:

    ASASUKO!

    アサスコに太鼓判押してもらって嬉しいです(笑

  7. seiko より:

    はじめまして。
    なんとなくこのページにたどりついたのですが
    今一番必要なメッセージを頂きました。
    ありがとうございます☆☆☆

  8. zep より:

    このメッセージに、なんとなくたどり着いたことにも、きっと意味があるのでしょう。
    なんて(私にとって)タイムリーなメッセージなのかとビックリしました。

    ありがとうございます。
    ありがとうございます。

  9. yukiko より:

    zepさま、はじめまして、こんにちは!
    コメントありがとうございます。タイムリーと感じられることからシンクロは連鎖する!
    これからもどうぞよろしくお願いいたします。
    愛と感謝を込めて

  10. shironeko より:

    yukikoさま
    久しぶりにこちらを拝見しました。ありがとうございます。
    よかった!よくわかりました!落ち着きました!

  11. yukiko より:

    SHIRONEKOさま、こんにちは!

    久しぶりのご訪問ありがとうございます。
    またいつでもいらしてください。ありがとう~

  12. かおり より:

    「好きなことだけして、生きて行こうなんて甘いこと考えるな」と言われるより、
    「もっと、真っ只中を味わい尽くすようにしたら」と言われたほうが
    すんなり心に入ってきますね。
    有難うございます。
    今、随分前に購入させていただいた、
    エッグハルトトールのDVD「エンライトメント」についていた
    日本語の冊子を読んでいます。
    今回の記事とリンクする内容だと感じました。

    ところで、冊子についてなのですが、同じもののの英語版はございませんか?
    (つまり、翻訳前のDVDの書きおこしのようなもの)
    自分の関心のある分野で、英語の勉強をしたいと思っています。
    真っ只中を味わいたいので・・・^^

  13. yukiko より:

    かおりさん、こんばんは!
    返信が遅くなりました。

    DVD「エンライトメント」の英語版小冊子は残念ながらございません。
    確かに英語の勉強にいいかもしれませんね。

    DVDは長いので、おお仕事になりますが、今度エックハルトのショートビデオで英語の書き起こしをしてみます。

  14. とおりすがり より:

    YUKIKOさんへ、

    翻訳はご苦労さまと思うけれど、

    あなたの言葉はすべります。

    他人の名声を利用して

    自分も偉くみせて

    「セッション」

    などというマネゴトで食べていこうというのは

    本当のあなたですか?

    尊敬されたいのですか?

    言葉をどれほど費やしても

    体験にはなりません。

    なのに、なぜそんなに言葉を費やすのですか?

    見ていて痛々しいし、

    さっぱりこちらに響きません。

    自分の言葉で語るようになる日を

    待っています。

  15. 本高達也 より:

    YUKIKOさんへ
    初めましてです。
    今度、12月23日のオープンクラスに参加させて頂きます。

    こうやって、翻訳や記事の共有を本当にありがとうございます。
    お陰様で、暗い恐怖のトンネルから光が見えたような。
    正直、かなりきつかったです。
    でも、楽になってます。苦しみの中にいたけど、この記事きっかけで、別の空間にきた感じ。

    ありがとうございます。

    23日お会いできるのを楽しみにしています。

  16. たかひろ、 より:

    今求めているものでした。ありがとうございます(*^^*)

  17. Nari より:

    私は、このページのYukikoさんの言葉で何かわかり、しっかりと伝わりました。シンプルながら、見落としてしまう大事なポイントですね。感謝します。

    それから、いつもいろいろと翻訳やご紹介をありがとうございます。とてもわかりやすく助かります。

    これからもどうぞよろしくお願いします。

  18. puririn より:

    「好きなことをして楽に、楽しく、しかもお金も稼いでいる」

    この感覚は非常に危険だし、ほとんどの人は不可能だ。

    それよりももっと現実的に、やろうと思えばだれでもできる視線に変えた方が良い。

    つまり、

    「自分が朝から晩までやりたいことだけをやって、誰からも文句を言われない状況を作るには?」

    という視線だ。

    もしも毎月の給料と同じかそれ以上の収入が自動的に入ってくる状況があれば
    この条件を満たすんじゃ無いだろうか?

    毎月の一定収入があれば、朝から晩までゲームをやっていても、家でゴロゴロしていても、誰からも文句を言われることはないだろう。
    仮に後ろ指をさされても、「まだ生活の為に働いてるの?バカじゃね?」と思えばいい。

    その一番の近道が、不動産賃貸業だと思う。

    今は色んな本やDVD、セミナーがある。
    そこで勉強して、種銭を稼ぎ、小さな不動産をキャッシュで購入する。
    それを少しずつ少しずつ増やしていく。

    10年あれば、バカでも月間のキャッシュフローが100万は超えてくるだろう。

    10年がむしゃらになって働いてお金を貯めて物件を増やすだけで後の人生は
    やりたいことだけやっても文句言われないんだから、やらない方がバカだと思う。

    もちろん、勉強や努力は不可欠だ。
    この世は競争で成り立っているのだから。

    逆に10年しても月間のキャッシュフローが100万超えてこない人は、
    申し訳ないが一生好きな事をして暮らすことはあきらめた方が良い。

    国家の、そして経営者の奴隷として一生その身と時間を捧げればいいだけの事。

    お金は持てば持つほど集まってくる。そして、一旦集まれば驚く速さで増える。

    お金が持つ、「集まる」・「増える」という性質をよく勉強し理解すべきだと思う。

    そもそもお金は人間が作った1つのシステムで、言ってみれば「幻想」である。

    平たく言うと、人間の思いを数字にしたのがお金でしょうね。

    もっというと、「ありがとう」という感謝の気持ちを便宜上数字にしたものだと思う。

    その受け渡しを簡素化するために貨幣が出来たという流れ。

    自分が好きな事で「ありがとう」がもらえない人は、
    自分が好きな事以外で、「ありがとう」をもらえばいい。

    毎月使う絶対消費量の「ありがとう」を極力減らして、
    毎月入ってくる「ありがとう」の量を増やす。

    余った「ありがとう」を貯めて、自動的に毎月入ってくる「ありがとう」を
    生み出してくれるシステムを作る。

    そして、その毎月の「ありがとう」を使わずに貯めておき、
    またそのシステムを作る。

    何個も何個も、1つでみたら小さいけど、固まると毎月大きな量の「ありがとう」
    が自動的に入ってくる。

    そうなったらもう、自分の時間を削って「ありがとう」をもらわなくても、
    生きていける。

    朝から晩まで「ありがとう」をもらう必要がない、本当に自分がやりたいことだけをできる自由な時間・人生が始まる。

    もしかしたら、そんな人生を7年8年続けていたら、達人になっていて
    好きなことから「ありがとう」をもらえる状態になっているかもしれない。

    でも、なれてもなれなくてもいいじゃないかと思う。

    だって、自分が生まれてきて、心がやりたいと思う事だけをやれるのって、
    本当にその瞬間がハッピーなんですから。

  19. yukiko より:

    Nariさん、こんにちは!

    コメントありがとうございます。こちらこそ、これからもどうぞよろしくお願いいたします☆感謝

  20. EGO11 より:

    嫌いなことを好きなことのように意識進化させろ、ということでは?

    病気を受容したら、病気が治ったと言う人
    神との対話、私は天使しかをあなたがたに送らなかった
    バシャール、何があっても自身を喜びであると定義する(苦しみも嫌いなことも)

    別のところに好きなことを追い求めないで、
    今の自分に与えられてるものを全部好きになって感謝して
    そうなれるよう、嫌いなことも喜びの存在として自分を定義して、全部
    好きになる、そのことを言ってるはずです。

    好きと嫌いを分けていれば嫌いなことばかりが追いかけてきますから

    ここ騙されやすいですよね

  21. EGO11 より:

    好きなことしかない
    そういう状態に意識転化させなさい、ということだろうと思います。

    24時間常に引き寄せは動いているのですから、
    自分に来たものは全部、喜びとして、感謝し、好きなこととして楽しめということ。

    嫌いな会社→辞めて好きな会社に行く
    嫌いな会社→好きと思えるよう受容し、喜びで嫌いなことを受け止め、与えられた
    すべてに感謝をしろ

    そうすれば、好きなことを捜し求める必要はなくなる。
    ということでしょう。

  22. EGO11 より:

    好きなことを追い求める、捜し求めるというのはエックハルト風に言えば
    エゴということになるのかもしれませんね

    好きなことを追う、探す、この時点で思考のワナにハマッてるのかもね。
    今の自分の位置から離れたものを探す、追い求めるのですからね

    今の自分を、喜びとして定義し
    嫌いなことも好きなこともすべて共時性で与えられたものとして感謝し
    直感に従って今やりたいようにやる、ということなんでしょうね。

    災害も死も、好きなこととして”今の喜び”として認識できる
    そこまでの意識進化を求められているのかもしれませんね、難しい。
    ため息が出ます。

    何度も投稿すみません

  23. papa1400 より:

    私達、好きに生きています。

    身勝手では無く!

    自分の事は自分でしよう。
    人に迷惑をかけない。
    余った力を人のために使おう。

    今ここに、感謝を持って!

    今この時を楽しむ。

    世界人類が平和でありますように。
    無限なる感謝。

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