「瞑想をする」という考えを捨てる エックハルト・トール

「私たちの本質」=「気づき」=「I Am」

i-am今日は引き続き「瞑想」についてのお話と、その中にも出てくる「I Am」という題名の曲をご紹介します。この「I Am」という曲のなかに出てくるI am who I am. という言葉は、旧約聖書出エジプト記3章にあって、モーゼが神に向かって「人からあなたの名前を聞かれた時、あなたのことをなんと言って伝えればいいですか?」と尋ねた時、神が答えたのが「I am who I am.」(あるいはI am that I am.)だったというのが語源にあります。聖書の訳でもいろいろあるようですが、曲の中では拙訳ですが「永遠に在りて在るもの」としてみました。私たち一人ひとりのパーソナリティーを超えた根源的ないのちといった意味です。

ニサルガダッタ・マハラジの著書に「I Am That」(私は在る)という本がありますが、これもI am that I am. を短縮したものではないかと思います。誰にとっても確かなこと、それは「私は在る」(I Am)ということだけであり、その他(I amのあとに来るもの)は常に変動する、移り変わるもの!そして、I amは、私にとってもあなたにとっても、誰にとってもI am! これは、なんだかハートが暖かくなってくる「気づき」だなと思います。

I am who you are. You are who I am.
There is One God. And that’s a Fact!

今日もありがとうございます!
Joy to the World. Peace on the Earth!

with love and peace, and vaststillness
yukiko

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エックハルト・トール:「瞑想をする」という考えを捨てる

うまく瞑想するためには「瞑想をする」という考えがかなり邪魔なものになります。ですから、今日はまずこの部分をなくしていきましょう。「瞑想」という言葉についている先入観、期待をなくしていきましょう。では、なぜ今日は「誘導瞑想」と銘打って集まっているのでしょう。みなさんに集まっていただくためには、何かしらの言葉が必要だからです。

一般的に「瞑想」は「するもの」だと思われています。色々ある活動のひとつです。「すること」には、おのずと時間・未来が関係してきます。しかし、本当の瞑想は、できれば何も呼び名がない方がよいのですが・・・「するもの」とは関係ありません。「するもの」ではありません。「瞑想」とは「気づき」です。「気づき」=「あなたという存在の本質」です。

それはすべての行動の根底にあるものです。すべての行動に先立ってあるものです。思考や感情以前にあるものです。「気づき」そのものです。「本当のあなたに気づく」ということではありません。「本当のあなた」ということに対しても、色々な見方があるからです。

また、宇宙全体の中で、あなたという小さな存在がどのような位置づけにあるかに気づくことでもありません。それを理解することは不可能なことです。そうではなく、頭でなにひとつ理解する必要もなく、完全性とひとつになるということです。あなたの本質である「気づきそのもの」になるということです。

練習:「過去も未来もない」ふりをする

これは崇高な言葉「I Am」で表現されています。あなたが初歩的な文法のクラスを取っていなかったら、「I Am」の「I」は一人称単数でそのBe動詞は「am」であることにも気づかなかったかもしれません。あるいは、まったく違った言葉に聞こえたかもしれません。

「あなたの本質である気づき」を概念としてではなく、もっと深いところで感じていくのです。「いのちとしてのあなた」を感じていくのです。「生き生きとしているいのち」です。

それに気づくために役立つことがあります。一瞬でもいいから「過去と未来はない」ふりをしてみることです。「ふりをして見てください」と言ったので、みなさんついてこれていると思います。もし私が「過去も未来もない」と言っていたとしたら、みなさんの中には、いきなり「なんだって!?」「これが終わったらサイン会をするんですよね?」と思考が回り出す人もいたでしょう。

頭で考え始めた途端、マインドの世界にそれていってしまうのです。物ごとの領域、対象を伴った意識に走ってしまうのです。どんな思考も意識には対象となるものがあり、どんな思考も引っ張る力を持っています。思考は現れるとあなたの注目を引っぱりこみ、それであなたは考え始めるわけです。「30分前にここに来た時は『過去』だよな・・・」と考え始めるのです。ここに来た時それが「今」だったことは忘れてしまうのです。本のサイン会も、その時が来たら、それも「今」になります。なぜなら「今」しかないからです。

しかし、それを信じなくても構いません。とにかく、そのふりをしてみましょう。少しの間「過去も未来もない」ふりをしてみましょう。あるいは、過去と未来が離れていって、あなたの本質になっていく感じといってもいいでしょう。「今ここ」だけがあります。ここが「I Am」「気づき」への入り口なのです。

by エックハルト・トール 「What is meditation?」より抜粋

1 Comment

  • さむ
    Posted 2015年12月23日 07:48 0Likes

    おはようございます。(u_u*) 朝っぱらからどうもすみません。
    先日はリンク設置の件で温かくご了承下さいまして誠にありがとうございました。

    あらためてサイトを拝見し、その内容の広さ・深さに半ば驚嘆をせずにはおれません。

    そして、その広さ・深さという存在感に不思議と童心をくすぐられるような気がしています。とても探検のし甲斐があるというか。

    そんな経験は実際は無いのですが、何か短期間ではとても回りきれない大きなミュージアムに連れられたような気持ちを覚えました。

    こちらのページで取り上げられている動画は動くエックハルト・トール氏とのほぼ初めての出会いとなりまして、お話ぶりがとても面白く、また共感することや見解の違いなど興味深いことしきりです。

    ありがたく自ブログにリンクを設置させて頂きます。
    快くご了承下さってあらためてありがとうございました。

    平山さんのミュージアムは2016年の大きな楽しみとなりそうです。(*´∇`*)
    ディズニーやUSJよろしく年パスで通いたいと思います。(笑)

    クリスマスも飛び越えて少し早いですが、来年もどうぞ良いお年をお迎え下さい。
    ありがとうございました。(u_u*)

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